12月30日   玄米餅を搗く女達
 今日は毎年恒例の、稲取での餅つき大会です。が、今年は家主が留守です。それでも「美味しい手搗きの玄米餅が食べたい」との声が上り、今年はエッサホイサ堂が主催となりました。

 玄米餅は白米餅よりも、3倍位の力が要ります。家主は元ラグビー部で体力自慢。今年は彼をあてには出来ません。3日前まで男手は私一人。7臼位一人で搗く予定でした。2日前に、ウチの田んぼを手伝ってくれているHさんが参加表明。それに加えオーストラリアのKさんも搗きに参加してくれたので、順調に餅が搗きあがりました。

 さて、7臼搗き、最後の玄米になった時、Hさんが見えなくなった。仕方がないので、玄米餅は初めてのKさんとつぶしを始めました。

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 玄米は皮が堅いので、白米の様にはお米はくっつきません。パラパラと杵から逃げて行きます。それでも潰します。そうすると、少しくっついて来ます。餅にするには根気のいる作業です。疲れて来る男二人。すると、

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 「私もやる!」とおみずと、玄米餅初めてのMさんが杵を握った。おみずも玄米のつぶしは殆どやった事が無いが、二人共見ているうちに憶えた様で、玄米が潰れて行く。その後別の女の人も、初めてながらつぶしに参加したではないか。7年位此処で餅つきをしているが初めての事だ。そして・・・・。

 玄米をつぶした。

 凄い事です。松崎でも「え!玄米餅を搗くの?」と言われるくらい大変な作業なのです。凄い光景を目の当たりにしました。こんな光景滅多に見る事は無いでしょう。が、しかし、この人達なら来年もまた、やるかも知れません。素晴らしい女性たちです。

 その後、彼女たちは搗きまでしました。

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 搗きあがって、丸めた玄米餅。写真に撮るとオブジェみたい。77歳から3歳の12人全員で作った作品です。

 無事終わってホッとしました。お餅の出来も例年位にはなりました。今回は私が準備をし、搗き、おみずが、タイムスケジュール作りや裏方に回りました。参加してくれた若い人達も、積極的で、いろいろ質問もされました。私も此処で餅搗きを覚えたので、分からない事が多い。答える事が出来るのは、昔から餅搗きを見ている77歳のRさん。Rさんが、私達や若い人に教える。それを見ている子供。多分子供達が大人になっても、餅つきと言う風習は続いているだろう。その時子供達が「そう言えば、小さい頃、臼と杵で、ぺったん、ぺったんと、大人がお餅を搗いてたな。それから、手で伸ばして・・・・。」と思い出して、餅つきをしたら嬉しい。

 

 

 
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12月29日  出荷準備
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 かき菜、キャベツ、大根、芽キャベツ、つくね芋などの出荷準備をしました。午後は、お米の選別。夜は明日の餅つき大会の準備と、相変わらず忙しい日でした。
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12月27日  夜明けの餅きり
 お正月の餅作りも最大の山場です。今日は5時に起きて二人で餅きり。お餅は温度に左右されやすく、秋は中々固くならず、切るまでに時間が掛かりいます。寒くなるとすぐに硬くなるので、お餅の都合で作業となり、今日は早朝の作業となりました。

 さて、先日友人のお父さんが使っていたと言う、業務用の包丁を頂きました。

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 上から2番目の包丁は、今まで餅きりに使っていた家庭用の包丁です。大きいと流石に仕事が早い。お餅を販売してはや9年。この包丁を使うと、職人みたいな気分になります。

 Hさんのお父さん、あなたの包丁は今伊豆で餅きりの仕事をしています。一生使えると思います。ありがとうございました。大切に使わせて頂きます。

 
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12月24日  クリスマスケーキの蝋燭
 昨日買った、トップスのケーキに、クリスマスプレートと蝋燭が付いていました。確か昨日デパートの洋菓子売り場のクリスマスケーキにも蝋燭が立てられていた。「当たり前か。」と思ったが、おみずにも聞いて見た。「う~ん。クリスマスケーキに蝋燭は付いているね。でも誕生日じゃないんだよね。誕生日は消す人が居るけど、クリスマスケーキの蝋燭は誰が消すんだろうね?。」と返してきた。難しい質問だ。皆さんはクリスマスケーキの蝋燭は誰が消したらいいと思います?
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12月23日  師走の東京へ
 修善寺から高速バスに乗り、東京へ向かしました。今日は「はらっぱ祭り」の会議があります。会場へは一番乗り。受付の人から「はらっぱ祭りの方ですか?。」と声が掛かる。この年でこんな恰好をしていると、堅気ではないと思われる。会議室使用の書類にサインをする。

 会議では、自転車の多さ、ゴミの多さ、トイレの混雑、等が話題となった。来年の課題です。

 クリスマスまで後2日。東京はクリスマスイルミネーションで一杯かと思ったが、余り見当たらなかった。40年位前の東京はもっと華やかだった様な気がします。酔っ払いも少なくなったような気がします。人が街に出なくなったのかな?

 
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12月22日  恒例 おみずの餅管理表
 数日前、おみずがお餅制作管理表を作った。毎年恒例で、水浸け、搗き、切り、品種、個数、等を色分けして、表にしたものだ。こうしないと管理しきれないのです。今年もお餅は忙しい。

 私はと言うと、選別。月末出荷、委託の黒米、赤米の選別なども沢山あります。今週はクリスマス。エッサホイサ堂はそれどころではなさそうです。

 
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12月21日  お風呂で唸る 讃美歌106番
 かじかの湯に行きました。今日は早い時間に行ったのですが、誰も居ない。歌う。「荒野の果てに 夕日は落ちて たえなる調べ 天より響く~。」

私はキリスト教徒ではないが、この歌は知っています。この歌とそっくりな歌をタイガースが歌っていたから。タイガースと言っても、バース、掛布、岡田ではなく、ジュリー、トッポ、ピー、サリー、タロー、の方だ。もうすぐクリスマス。
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12月18日  師走
 流石に年末となると忙しくなってきました。今日は、下田、河津、稲取へ、配達、納品、営業、餅つきの打ち合わせ。ほぼ1日車に乗って、営業のサラリーマンの様でした。これも大事な仕事です。お米ばっかり家にあったのでは生活が成り立たない。

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 稲取りの「雛の館」 吊るし雛の会場で、観光バスも沢山訪れる所です。今は閑散としていますが、来月20日から、早くも「吊るし雛祭り」開催だそうです。

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12月17日  納豆用の藁もお飾りに
 数日前、お飾り作りの人から電話がありました。「藁が足りなくなりました。まだありますか?。」「田んぼにはあるけど、もう雨ざらしになっているよ。」「そうですか・・・・。」と電話を切った。前回何束かの藁を持って行きましたが、遠慮したみたいで、私が思っていたほどは持って行きませんでした。やっぱり足りないか。

納屋で使えそうな藁を探しました。来年の稲を縛る為の藁と、納豆用に取って置いた藁がありました。「少し焼けているけど、見てよければどうぞ。」と電話をしました。

 そして納豆用の藁はお飾りになりました。

 ウチの無農薬の藁が、何処かの家に飾られるのが嬉しい。納豆は来年にします。

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12月16日  エッサホイサ堂の藁 お飾りになる
 それは、10月の中頃、精米所での事でした。余り見かけない40歳位の男の人が精米中入って来ました。「黒米の藁が〇〇〇」精米の音で「黒米」しか聞こえませんでした。音がやんで聞いて来たのは「黒米の藁を探しているのですが。」「まだ刈ってないけど、ウチに黒米はあるけど。見に来れば。」と答えた。

 数日後彼はやって来た。話を聞いて見ると「家は八百屋をしています。以前おじいさんがお飾りを作っていたのですが、今は出来なくなり、私が作っています。今はコンバインなので、藁がなかなか見つかりません。お飾りに使える藁を分けて欲しいのです。」

 今時の若い人がお飾りを作るのか。おみずも私も面白がった。 「田んぼを見て、刈った藁でも、立っている稲でも、好きなのを選んでいいよ。」と言いました。

 彼は、サリークイーンを選びました。「お店が終わった後、夜なべで作業します。」

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 脱穀が終わった藁をこんなに綺麗にし、持って行きました。どんなお飾りになるなるんだろう?
 
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12月15日  肩が凝るほどの選別三昧
 お蔭様で沢山の注文を頂いています。今月は師走と言う事もあり、餅米(玄米、白米)の注文も多い。ありがたい事です。

 さて、近所を歩いていると皆一様に「暖かいね。」 畑の葉物は虫だらけ。バッタやカエルも調子良さそう。今目の前を蚊が横切って行きました。師走とは思えない。
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12月14日  お風呂で唸るロック
 近くの温泉、かじかの湯に時々行きますが、終り頃行くと空いているので、いつも閉館1時間位前に行く様にしている。時々誰も居ない事があります。そんな時は湯船で歌います。例えば、「Tell me」「Ås tears go by」(Rストーンズ「)Mary jane」など。どうしてロックなのかと言うと・・・・・。

 1971年の丁度今頃、私は渋谷の東急東横店に居ました。その頃のデパートは、ロックを営業に取り入れ、銀座松屋では、Jヘンドリックス、やジャニスの垂れ幕があったり、紙袋なども販売。東急も、ビートルズ、横尾忠則、等を宣伝に使っていました。東急では、ライブもあり、デビュー前のガロや、ファーラアウトなども見る事が出来た。

 その日は、小中陽太郎をゲストに、若者とロックに付いて討論する日でした。集まったお兄さんたちは、ロックとは、連帯とは、アートとは、と熱く語っていた。
 
 そこである人が「僕らが年を取った時に、宴会やお風呂でロックを歌えるか?。」と発言。その事はずっと気になっていた。

 あれから45年。今でもつい出るのは、洋楽が多い。あの頃、ラジオやジュークボックスから聞こえてくる音楽は、それまでに無い、新しい音楽や音で、何度も聞いているうちに、皆自然と覚えていた。だから同世代は「レトイットビー」とか一部は歌えるはずだ。そう、ロックを選んでいるわけではなく、あの頃流行った曲がたまたま英語だったのだ。戦争を知らない子供達と言われた世代は身近に洋楽がありました。

 あそこに集まった、お兄さんお姉さん達は今、宴会やお風呂でどんな歌をうなるのだろう?

 最後に、私がそこに行った理由。カルメンマキに会えるから。まだ二十歳位のカルメンマキはとてもとても美しく、話を聞きながら2時間位ずっと見ていても飽きなかった。

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 かじかの湯のすぐ前の桜。此処はいつも12月に開花します。
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12月11日  まるで嵐
 嵐と言っても二宮君の事では無い。雨と風の事です。今日の伊豆はまるで嵐。強風が家に吹き付け、家が揺れる感じさえしました。今日の仕事は選別でした。

 さて、昨日燻炭を作りました。

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 いつも燻炭を作っていると、通る人が「焼き芋ですか?。」とよく言われるので、今回初めて焼き芋も作って見ました。じわじわと燻炭は燃えるので焼き芋にはぴったり。美味でした。
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12月10日  最近の仕事
 藁切り。

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 山になっている藁を、田圃全体に平均に並べる事から始めます。それが終わったら、草刈り機で切ります。

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 するとこうなります。コンバインだと、稲刈り時に機械が藁をバラバラにしてくれるので楽です。うちには無いので人力でしています。

 最初の頃はこれを使っていました。

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 日本農業伝統の藁切り。

 しかしこれで田んぼ20枚の藁を、一束一束切ると、数か月かかるのですぐにやめました。藁切りは暫く続く。

 おみずは。

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 大豆の脱穀。これも手作業です。トラックの荷台で、頂いた木づちで叩いたり、カートの中で叩いたりしています。

 最近では、大豆をさやのまま日に当てると「ポン。」と自分で脱穀している。「凄い!。」と思ったが、それが庭に散るので拾うのが大変。ネットを被せました。大豆脱穀もしばらく続く。

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12月08日  サツマイモの芋以外を食べて見た
 ウチの新聞には、「語り継ぐ戦争」と言う投書欄が連載されている。どれも悲惨で胸が痛くなる話ばかりばかりですが、私の知らない貴重な話が載っている。

 数日前の記事で、ある年配男性が、戦後畑に居ると、小さい子供を連れた若いお母さんが「朝から何も食べていません。サツマイモを分けてくれませんか?。」と土下座をしたと書いていた。分ける分は無く、子供に自分のおやつのサツマイモをあげたと言う。そして「ツルと葉ならあげます。」と言ったそうだ。親子は喜んで、ツルと葉を採り、お金を渡そうとしたそうだ。「お金はいらない。」と言ったら、母親はまた土下座したそうだ。

 食べのが無い時代があった。世界中の食べ物が手に入る今では想像だに出来ない。「サツマイモのツルと葉はどんな味だったんだろう?。」

 食べて見る事にした。ウチはイノシシにやられるのでサツマイモは作っていません。近所で分けて貰いました。その時そのご夫婦に訳を言うと「昔は食べたもんだ。」と言われました。

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 サツマイモのツルと葉。収穫には遅い時期で、これは後から生えて来た物でしょう。

 さて、どうやって食べるのだろう?調べた。葉は洗って、油を敷かず、フライパンに入れ炒めた。すぐにねっとりとした。味付けは、塩のみ。茎は湯がいてから、鰹節と塩、醤油で煮ました。

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 葉っぱです。調理時間5分ほど。ねっとりとして美味しい。つるむらさきより、甘く食べやすい。

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 茎です。調理時間20分。蕗の様です。勿体ないので、皮を剥きませんでしたが、剥いた方が良いです。

 サツマイモの葉っぱ、茎、は普段食べる事はありませんが、充分食べられます。

 最後におみずが一言「でも、これじゃあお腹一杯にならないんだよね。やっぱり芋の方が満腹感が得られるよね。」

 確かに。私達はお金は無いが、食べ物はある。幸せな事だ。

 

 

 
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12月06日  伊豆は暖かい
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 田んぼに植えた、水仙が咲き始めました。

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 畑では、トマトの花が咲いています。

 昼間風がなければ、Tシャツで作業できます。吉田区でTシャツ一丁は、私と小学生のH君だけですが。

 伊豆も朝夕は冷えて来ました。
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12月05日  命の尊さを知る人
朝日新聞声の欄より(抜粋)

親はどんな子共でも大切なのです   5歳で亡くなった娘は、乳児型神経軸索ジストロフィーと言う難病で、いわゆる障害時だ。障害者の子育ては肉体的にも、精神的にも大変だと言う事は否定しない。でもこの子が生まれて来なければ良かったと思った事は一度も無いです。

 子供の命があるだけで幸せです   我が家の小学生3人のうち2人は特別支援学級でお世話になっている、重度の障害時です。障害児の親として、地域や社会に後ろめたい気持ちは勿論あります。将来社会の担い手でなくお荷物になる子を産んだのですから。でも、私の生きがいは子供を守り、子供の笑顔を見る事。子供の命があるだけでもう幸せなのです。

 障害者を差別する発言に驚き   障害児が生まれると、家族は負担で不幸だと言う考えは一方的な決めつけだ。障害を持つ可能性は様々で、後天的な障害もある事、障害は個性の一面でしか無い事、障害の有無と、幸福は本質的には関連が無い事を、厚生省専門委員会は指摘している。教育に関わる者が、障害児を差別する発言を取れば、健常児障害児はますます分離されて行く。

 ダウン症の子は人生の師   娘がダウン症と知った時、本当に驚き、悲しみました。でも娘がもたらしてくれた出会いが、私を成長させてくれました。娘の中の不自由さに出会った時、「当たり前」が全部壊れました。でも、壊れてよかったのです。風景が変わりました。街で杖をついている方、車イスの方、知的障害の方に目がとまります。手助けが必要なら、すぐ駆けつけようと思う気持ちになります。娘がいなければ、私は街の風景にさえ、無頓着だったかもしれません。障害のある方に、敬意をもって接するのが当たり前になりました。彼れから学び、気付きを得る機会は数えきれないくらいです。私にとって娘は誇り。彼女がくれた出会いと優しさに感謝。

 私はこの記事を何度も読みました。皆勇気をもって実名で書いています。人に優しく、言葉に心がこもっている。

 私の生まれた辺りにも、障害がある人が居ました。なのでそれがあたりまえと思っていました。私が居た保育所では「健常児も障害児も共に地域で育つ。」として、近所の小学校へ障害のある子の送り迎えをしていました。その後の学童保育でも、障害のある子供達のグループと一緒にキャンプなどもしました。それが当たり前と思ったからです。

 障害は先天的なものだけではありません。私にも可能性はあり、誰にでもあるのです。今回この記事の発端となった、茨城県の教育委員のあなたにも。効率よりも人が活き活き生きられる社会を目指し、畑を耕します。
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12月03日   暖冬 廃棄される大量の干し柿
 先週近くの田んぼに大量の柿が捨てられていました。「何だろう?。」その時は余り気にしていませんでした。

 後で聞いた話では。それは干し柿で、暖冬、雨、風が吹かない等で、カビが生えたり、虫にやられて、捨てられたそうです。その数何と1000個。

 数日後近所の「建久寺店」でも同じことを聞きました。300個、500個と言う単位で廃棄されたようです。

 そのお店のおばさんも一部廃棄したようです。「柿を剥くのにどの位掛かるのですか?。」と聞いた所、「夕食後夜遅くまで剥いても100個位かね。」

 皆時間をかけて、皮を剥き、吊るし、日照や湿度を考えながら管理する、手間も隙も掛かる作業です。「折角の作業が、今年は報われませんね。」と言うと「大丈夫、また次のを作ったから。みんなも余り気にして無かったよ。」農家のハート強し。

 
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12月02日  炬燵は生きていた
 インターネットネットで注文した炬燵のヒーターが届いた。

 おみずは先ず最初にヒーターのコードを取り、古いヒーターに差し込み、スイッチを入れた。すると。

   点いた!!

 壊れていたのは、コードでした。

 コードは1年前に変えた物で、ピカピカだったので、まさか、まさか、コードが故障しているとは思いませんでした。

 さてその後の議題は、コード無しの新品のヒーターの将来に付いて。

 返品は不可と書いてある。「誰かこれを使って、麹作らないかな?」とおみず。「もうこうなったら炬燵二つにして、一人ずつ入るか?。」名案はすぐには出ませんでした。

 
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12月01日  太陽に見放された
 松崎町の今日の天気予報は晴れ。おみずは、シーツ、カバーなどの洗濯をしました。私は、田圃のハザ棒干しながら、収穫したもち米をトラックの上で干しました。

 が、しかし・・・・

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 ウチの田んぼ上の雲がじっとして動かない。

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 隣の地区を見ると。晴れてる。

 結局、もち米と洗濯の一部は乾きませんでした。天気予報では松崎は1日晴れだったのに、吉田区だけは曇りの1日でした。
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